2014年01月04日

龍泉寺の大長持、お宝発見かも?

瑩山禅師によって開かれた総持寺は、2世峨山禅師によって
その教えは広く全国へ伝播していき、
その門下からは「5哲」「25哲」という
俊僧が育ち、曹洞宗は大きく発展していった。

その「5哲」のなかで最も活躍されたのが、
越前龍泉寺の開祖通幻寂霊禅師である。

毎年恒例の年賀会に龍泉寺を訪れる
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玄関入口に以前から置いてある「車付き長持」について
昨年夏、仏教関係の大学生を案内した。

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関心をもったのが、タンスについている金具である
資料によると越前箪笥は、江戸時代後期に指物職人によって作られ、
鉄製金具や漆で装飾されている。

長持に墨書きがある

 右側面
   上市町 鍛冶屋 三平 □ □ 作也

 前面 右側より
   太平山 龍泉禅寺  什

   大長持      遠州 □ □

   越州    足出

   十世 大 □ 雲 □ 和尚

大長持は大平山 龍泉禅寺の什物で、遠州から越前龍泉寺に晋住した、
輪番住職259世、静岡県正法寺十世・大雄雲堂和尚の時のもので、
金具は越前打刃物の町、上市町の鍛冶職人によって制作されたもので
越前の特徴的な、ハート形の金具が付いている。
三国箪笥など他の製品と比べる時、取付金具によって産地が決まる大切なものだ。

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越前箪笥は江戸時代後期より創られてきたといわれているが、もし
この車大長持が、大雄雲堂和尚、輪住制の時代に越前で制作されたものであれば
江戸中期、亨保2年(1717)龍泉寺は323世をもって輪住制は廃止していることから
越前箪笥の歴史を変える事に、なるのではないだろうか?

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posted by 和姫 at 01:37| Comment(2) | 伝統工芸品

2013年12月31日

NHK ゆく年くる年 タケフナイフビレッジから生中継

越の入り口、味真野は若き日の継体天皇の伝承が残る土地である。
室町時代に世阿弥によって書かれた謡曲「花筐」は、
継体天皇と照日前の美しいロマンが、味真野を舞台に描かれている。
また、天平時代、聖武天皇の女官狭野茅上娘子に恋した罪で、
流罪の身となった武官中臣宅守との悲恋の舞台も、ここ味真野の地で
2人の相手を思慕する美しいこころは、相聞歌の秀歌として永遠に万葉集を
代表する歌となって生きている。
このように、味真野には早くから政治、経済、文化が花開き、朝廷や皇族との
関係もあり、越前国の要所として花開いてきた場所である。

この豊かな文化香る一角に、タケフナイフビレッジはある。平成5年、若手鍛冶職人を中心に
日本古来の火づくり鍛造技術、手仕上げを守り現代の生活にマッチしたデザインを融合させ
越前ブランドとして、常に新しい物づくりに挑戦している共同工房である。
 昭和54年に越前打刃物は全国打ち刃物業界で初めて、伝統工芸品として認められている。

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      「タケフナイフビレッジ」全景

今日、NHKゆく年くる年は、福井県を代表して、タケフナイフビレッジから
「初打」が生中継されます。
動力のなかった時代の刃物を鍛える作業で、炭を燃やし、風をおこし、鉄を火の中で
赤めて刃物を鍛える。親方と子方3人が一体となり、刃物の形を作りあげていく
古式ゆかしい伝統的な作業、古式鍛錬が放映されます。

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        「NHK 機材の一部」

今年12月4日「和食・日本的の伝統的食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録さた
日本は豊かな自然に支えられ、山、海、里と豊富な食材に恵まれ、美味を堪能できる。
各地に伝わる調理法もさまざまで、その食材を生かす調理方法、調理器具はたくさんある。
料理を作る時にもっとも大切なもの、そして1番よく使用するのが包丁です。
切れない包丁で料理しても、イライラするだけで、仕上がりも納得できませんよね。
自慢ではありませんが、わたしも越前ブランドの包丁を使用しています。
 
越前打刃物は、今をさかのぼること、700年前、南北朝時代(1334〜1392)
京都の刀鍛冶職人千代鶴は、刀鍛冶に適した場所を探して全国を遍歴した結果、
ここ越前に永住したという。
千代鶴は刀を鍛える傍ら、農具「片刃鎌」を考案し、今に伝わる「越前鎌」の元祖と伝えられている。
また千代鶴という、おめだてい銘からも、江戸時代には、将軍や大名から、還暦、古希
喜寿などの祝いに、献上や下賜の刀として購入したという。

和食の大切さ、越前打刃物の良さを、全国の皆さまに知っていただく
実りある放映となることを祈念して、新年を迎えます。



タグ:越前打刃物
posted by 和姫 at 20:53| Comment(0) | 伝統工芸品

2013年11月07日

離せません河和田塗りお椀

うどん、そば、ご飯物、お雑煮なんでも受け入れOKです。
いろいろの物に使える、万能お椀、チヨット大き目だが
暖か味のある塗物は大好き。この朱塗とてもきれいで素敵でしょ
大変気に入り、大切に使用しています。

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日展作家の河田塗りのお椀です。
木地は外材を使用、お手頃な値段です。
国産は普段使用には、値段が高く手が出ません。
お願いして、裏に落款を入れていただきました、
値打ちがグンと上がります。
どう読めますか「森田」です。

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漆器は手入れが大変と思われるが、
極度の乾燥や湿気を避けること、
沸湯したような非常に高温なのを器に注ぐのを注意すること、
長時間、水に浸けることを注意れば、長く美しく使用することができる。、
また、再度の塗り直しができることもありがたい。
タグ:越前漆器
posted by 和姫 at 18:05| Comment(0) | 伝統工芸品

越前焼小曽原の地に、夢を託した男たち

越前焼は釉薬を用いずに焼き上げ、暖か味のある色合いと、
力強い厚みのある、素朴で自然な風合いが特徴的で、壺や花瓶など
が作られている。
昭和22年、越前焼は日本古窯の瀬戸、常鍋、信楽、丹波、備前に
匹適する規模と歴史があるとして、日本国立博物館小宮氏の発表が
きっかけとなり、全国に知れ渡ることとなった。

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   (酒器には日渉園の銘が入っている)
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日渉園の創設者・山内家は、代々地方政治家として村・郡・県政に携わった
家柄で、明治12年、山内家初代は県議として金沢に出向いた折、
活気溢れる、九谷焼の産地を目にしたのである。
この時、明治政府の殖産興業振興策が執られた時期と重なり、地方資産家として
住昔より陶業の地・小曽原に住んでいた、初代は作陶事業に心血を注いでいく。

日渉園設立の頃は、2代目の頃であった。
明治30年、既存の山内窯業を中心に、地元資産家10名、2万円で設立、
メンバーの1人である、山内家の号をとり「日渉園」を社名とした。
直接の作陶者はいなかった。

日渉園の製品は、生活と結びつく花瓶、酒器、茶器、置きもが多く、その製品には
花鳥風月が基本に描かれ、青九谷の手法を用いた製品も見受けられた。
当時、近隣の窯では、粗陶な甕や土管、便器、たこ壺を生産していた時で、
日渉園は京風でこころ温かな、色絵陶磁器の生産を10年間つづけた。

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陶器による色絵柄の、草分けは小曽原の地で、陶工山内伊三郎の存在が大きく
関わっていたと思われる。
『宮崎村誌』によると、日渉園の山内家の分家で、2代にわたり本家と共に陶業に
従事したという。
彼について、昭和47年加藤唐九郎編『原色陶器大辞典』では、明治時代の福井県の陶工。
丹生郡小曽原に居住。同村猿橋の古窯跡に新窯を築き、製陶していた。
製品は山口県深川焼に類する。
大正十一年刊行『日本近代窯業史』にも、猿橋の地に、長門の深川焼に類する物を焼く
技量、健快なりという」とある。優れた陶工であったことがわかる。
             陶境小曽原の色絵回顧展『日渉園 小曽原焼 ふくい焼』より


今に残る、作品の数々を見て驚くのは、絵柄の素晴らしさ、そして色彩の豊かさである。
九谷より、陶工、絵師を招き高級な陶磁器が作られ、「日渉園」は九谷焼風と言われ
第2の九谷焼産地とし発展することの願いが込められていた。
しかし、日渉園は10年ですがたを消すが、現在に残る数々を見ていると
大きな夢をかけた男たちのロマンが作品を通して感じられる。
越前焼の歴史の中にには、こんなに素晴らしい陶工、美しい陶磁器があったことを
県民はしってほしい。
posted by 和姫 at 16:41| Comment(0) | 伝統工芸品