2015年04月29日

味真野苑ボタン園、4月29日今が見頃です

ボタンの花は、つぼみから満開に咲くまでの時間は
そう長くはない。最近の気温の上昇は開花時期を
加速させている
我が家のボタンも満開を迎え花付きも良いと言うことで、
期待して、早速味真野苑のボタン園に直行
ピンク、白。赤紫、紫 赤、色とりどりの一重、ハ重、千重
など、さまざまに花弁を重ねた中輪 大輪の花が
3千平方メートルの緩やかな斜面の、広大なボタン園に咲き誇っている
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「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿は百合の花」と美女の
形容として使用され、花言葉は「王者の風格」
中国・日本文学に登場し、多くの文人墨客が愛し描き
また、着物や陶磁器、漆器のデザインには、優雅で
華麗な容姿から、描かれているものが多く
日本を象徴する花となっている

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江戸時代末期(文化5年頃)入母屋芧萱平屋造り 国の重要文化財旧谷口家 
前庭には味真野特産の茶畑が広がっている
夏も近づく八十八夜、そろそろ茶摘みが始まります

園内いっぱいに緑があふれている、
おいしい空気いっぱい吸い込んで、眼と心の保養に、リフレッシュ
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四季折々に、訪れる人たちを楽しませてくれる
白、ピンク うすい紫の藤の花が満開、辺り一面
甘い香りが漂っている いまが最高見頃です
















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2014年10月30日

神々の宿る山/越前市のシンボル日野山

今日もいい天気になりそうです。通学路正面に朝霧に包まれた
日野山が雄大に聳えています
越前市と南越前町にまたがり、標高795m、養老2年(718)泰澄大師によって開かれ霊山で、越前五山(文殊山・日野山・越智山・吉野ヶ岳、白山)の一山に数えられ、その秀麗なすがたは越前富士と親しまれている。
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雄大なすがたに、多くの人たちが歌を詠んでいる。日野山を詠んだ代表的な作品

越前守に任命された父為時伴われ、越前で一冬を過ごした紫式部は
「暦に、初雪ふると書きつけたる日、目に近き日野嶽という山の雪、いと深う見やるれば、古ゝにかく、日野の杉むら埋る雪、小塩の松に 今日やまがえる」

松尾芭蕉は奥の細道の道中、元禄2年(1689)8月14日、福井から越前市に歩みを進め、加賀の白山が見えなくなり、日野山が見えてくると、明日、敦賀で開かれる十五夜の月見の句会で満月が見えることを願い、日野山をみて占った「明日の月 雨占わん 雛が嶽」。しかし芭蕉の気持ちに反して、敦賀での句会は雨であった。

福井藩16代藩主 松平春嶽(慶永)公
「雲はれて仰ぐも高き日永嶽 みどり匂へる春日影かな」

武生市民憲章 昭和56年制定
  わたしたちは、日野の峰のように 高い理想をいだき 豊かな未来をきずきます

北日野小学校校歌 昭和15年制定 (私の住む地区)
  とよさか昇る 朝日この 御岳の峰に出づるとき 
  我が北日野は 野に山に 望みの光をどるかな

日野山は、いろいろに読み方でよまれている。(山々のルーツ調べ)
貞享2年(1685)越前絵図記「日野ヶ嶽」「「小健(おだけ)山」
正徳2年(1712)帰雁記「日野山」「御嶽(おだけ)」
享保2年(1717)足羽社記「日野山」「小健山」「小嶽(おだけ)」「比奈我他気(ひながたけ)」
天文3年(1738)越前名勝志「小岳(おだけ)山」「日永(ひなが)岳」
          味真野名勝志「日野山」「小健山」「雛(ひな)ヶ岳」

日野山の祭神は欽明天皇(571年頃)時代に、越前味真野に住み、後に皇位を継いだ継体天皇とその御子宣化天皇、安閑天皇の3人を祀った。
醍醐天皇延喜十年(910)『日本記略』9月5日の条には「越前国、日野名神に従5位下の位を授ける」とあり、霊験あらたかにして、著名な神として、当時すでに名山で人々の信仰を集めていた。
その後累進して、国内神名帳には神階従一位と書かれてある、
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中平吹町「日野神社」

 泰澄大師によって開かれた山頂には、時代は定かでないが、中央社殿には文殊菩薩を 北社殿には観音菩薩を、南社殿には不動明王の三尊を祀り三所権現として信仰され、府中では人々の間に、「お嶽講」が組織され、7月23日から25日の例祭には、夜を徹して、各所の参道から多くの人たちが登拝してにぎわった。
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荒谷町「日野神社」

延元の頃(1336〜)南北朝の争いが、越前におよんでくると、その兵火によって一山が焼かれ、天正(1574)の織田信長の一向一揆など二度の戦火により堂宇は灰燼と掃した。

 その後、明治4年(1871)廃仏令によって、山頂奥宮の仏像は下宮された。
明治12年5月には、山頂の中央、南の二社は下平吹へ、北の社は荒谷町、西谷町へ管理権が移された。
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荒谷町「観音堂」 

朝な夕なに仰ぐ日野山は、古代より優れた山として、
四季折々に美しいすがたを見せ、市民に愛されているが、
山は近づけば、近づくほど、そのすがたに、生きている凄さを感じる時がある。
手を合わせずに入られない、神の存在を感じる。



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2014年10月22日

信抑の村と共に、今も歴史を伝える荒谷滝

日野神社を挟み、看板のある登山道の反対の道を進むと
滝へ通じる遊歩道に出る。滝までの距離は300m、道路は
きれいに整備されている。
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滝までは30mここから道はけわしくなる
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いざ滝までの道路は、急で岩がむきだしになり危ない。
上に行くほど足場は厳しくなり、子供の足で滝つばまで
行くのは大変で、ここで子供達はギブアップ
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滝は細く流れ、滝壺は思っていたほど小さいが、同じ地区に住みながら
知らないところが多い。
 信仰山、日野山へは、ここで身を清め拝登したと伝えられている
現在も、8月23日の日野神社の祭りには、荒谷町、庄田町、平林町、岩内町から
氏子2名づつが出て一晩山頂で夜をあかし、奥の院で篝火を焚きご来光を見て下山している。
身近な所に素晴らしい自然が残され、そして今もなを、このお山を守り伝えている
多くの住民に支えられ、歴史が継承されていることを改めて知った。

タグ:荒谷滝
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2014年04月15日

朝倉遺跡の糸桜の意味が分かりました

福井市街から東南へ約10km、足羽川の支流、一乗谷川の谷間に東西500m
南北約3kmの谷間に、戦国時代、初代朝倉孝景、氏景、貞景、孝景、義景
と5代100年にわたり、朝倉一族は越前を支配していた。
この谷は、北部のみが開かれた、閉鎖的な地形になっている

一乗谷は天正元年(1573)8月17日織田信長勢に火を放たれ、朝倉氏の城下町は
三日三晩燃え続け、栄華を誇った一乗谷文化は、土の下に埋もれてしまった

その後394年過ぎた、昭和42年奈良国立文化財の指導で発掘が進められ、
朝倉館をはじめ、武家屋敷、寺院、町屋、商人屋敷をはじめ、
これらを結ぶ道路が発掘されるなど、戦国時代の町並がほぼ完全なすがたで
発掘され、多くの遺構、遺物が発見されている
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朝倉遺跡の糸桜が見ごろを迎えているとの報道で、一昨年、通りすがりに見た
しだれ桜の美しさをぜひ見たいと再び訪れたが、花との出会いも一期一会です、
あの時の美しさはありませんでした
朝倉遺跡には、特別な品種糸桜があると思い売店で「糸桜はどの樹ですか」と聞いてみた。
すると売店のお姐さんの答えは「武将は垂れる、しだれるという言葉は、自分の位が下がる、
家が没落するなどに通じるとして、不吉なこととし、忌み嫌うことから、
朝倉遺跡にあるしだれ桜を、糸桜と呼んでいる」との事でした。
 
 私も勉強不足でした、朝倉遺跡の糸桜の意味はこれでした
永禄11年(1568)3月下旬、足利義昭は、朝倉館居城一乗谷、南陽寺の遊宴に、
義景に招かれ、華麗なしだれ桜を観賞し歌を詠んだ
「もろともに月も忘るな糸桜 年の緒ながき契りと思はば」
「月も共に忘れないでほしい 糸桜が長く垂れるように 長い年月にわたる契りだと思うなら」 
この歌に和するように義景も
「君が代の時にあいあう糸桜 いともかしこき今日の言の葉」と詠んでいる
この歌にちなみ、朝倉遺跡ではしだれ桜を糸桜と呼び、多くの糸桜が植えられている

約400年の眠りから覚めた、武将たちのはかなく散った夢は
美しい糸桜と共に、訪れる人たちを戦国時代へ誘い、人々に夢とロマンを
与えてくれている。全国の皆さんにぜひ訪れてほしい場所です

朝倉館の上方に一乗谷初代朝倉敏景の笏谷石の宝篋印塔がある。
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前面には一乗谷殿 文明十三年辛丑天 林宗雄大居士 七月二十六日 敏景公霊塔の銘がある
しかし、宝筐印塔の基礎に不整合な割れ目があり、上半の紋様が、下半のものとは異なるり
不自然な造りで、後年になり挿入したとも思われる
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館跡の東南の隅にある。一乗谷松雲院跡に残る 義景の墓
寛文3年(1663)松平光通公が墓を建立した
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一乗谷には当時、約40ヶ寺が建立されていたといわれている

次の目的地は、一乗谷で最大の寺院であった、平安時代、朝倉敏景が叔父将景の
菩提を弔うために建立された天台宗真盛派西山光照寺跡、朝倉館外城戸をすぎ
越美北線の線路を横切り、朝倉資料館前道路を一乗谷駅目印に走る
線路をはさんだ反対側、山側に駐車場があるので、ここに車を置き歩いて約1、2分
ここへは朝倉遺跡へ来たらぜひ寄ってほしい場所です。多くの石仏に感動します

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2014年04月11日

越前市桜の名所教えますC 村国山周辺

今年の桜はながーい間、花を楽しむことができた
どこを車で走っても、花、花、花、極楽浄土の世界です
今回は、市民に親しまれ、もっとも身近な村国山周辺を散策して見ました
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                      「 村国山に掘られている帆山トンネル」
越前市の真東に聳え標高238メートル、
武生盆地のなかで、もっとも大きな独立山で、
奈良時代には、帆山と呼ばれ帆山の「ほ」は(秀 穂 火 日)といわれ、
神聖なるとか、光りの意味で、聖なるものが宿る山、
聖なるものが降りてくる山としての崇拝山であった。

昭和八年十一月、与謝野晶子は夫の鉄寛とともに
武生を訪れ、観音谷を愛(め)でて歌を詠んでいる。
「日野川の 観音谷に 秋に咲く 山桜こそあわれなりけり」
秋の山桜があわれなすがたで咲いていたのを晶子は詠んでいるが
春咲く山桜も、今は、あわれなりけりです
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                                  「観音谷の山桜」
「船にいて 霧の中行く ここちする 越の帆山のいただきの亭」
昭和初期には、まだのんびりした風景が眺められたようで
、眼下に日野川の清流が見渡せ、春は桜、秋は紅葉と
四季を通して風光明眉な一帯で、市民の憩いの場所として利用されていた。

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                                 「日野川堤防の桜」
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2014年04月09日

越前市の桜の名所教えますB 味真野に咲く見事な桜

味真野小学校の校庭の桜は、新聞、テレビで報道され、
あまりにも有名、満開を迎えるころは、車、車、人、人でにぎわう
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                               「味真野小・校庭の桜」

味真野には校庭の桜にひけをとらない、桜がある。
小学校の信号を西へ400m、文室町へ至る道沿いに
濃いピンク色の見事な大木の1本桜がある
でも、いくら美しくても木にものがたり性がなければ
感動もなく美しいだけで終ってしまう
この道路奥には、若き継体天皇が学問所として開いた五皇神社がある
濃いピンク色は継体天皇を慕った照日前を連想できたら、この
桜は恋の花、若い人たちにアピールできないだろうか
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                                「文室町入り口の桜」

それに味真野校庭の桜を見に来て、残念に思うことがある
それは花見客が校庭の桜だけ見て帰ってしまうこと
この時期、味真野一帯が花で彩られるころ、歩いて回れる花の案内をお願いしたい
近場のコース 小学校校庭の桜〜文室のピンクの桜〜味真野苑の桜、水芭蕉と回れば
花見を満喫できると思う。良き味真野を皆さんに楽しんでいただけるのではないでしょうか
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                                 「味真野苑の水芭蕉」





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2014年04月06日

越前市の桜の名所教えますA 吉野瀬川の桜

越前市の西部を流れる吉野瀬川の両岸には、延々と桜並木がつづく
その川面に向い垂れさがる美しい光景は、京都鴨川や高瀬川に劣らない
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越前市にこんなに美しい桜並木があることを、宣伝がへたなのか、
美しいものに対して感動しないのか、日々の生活に忙しく、
花など見るゆとりがないのか、わからないが、
満開を迎え、最高の見ごろを迎えているのに見物客は少ない
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桜の季節を迎えると思いだす人物がいる
世の無常を感じ武士をすて出家、歌人としての道を歩んだ西行法師は
吉野山の桜に魅せられ、多くの歌を詠んでいる

「春ごとに花のさかりに逢ひ来つつ 思い出おおき我が身なりけり」、
「春ごとの花に心をなぐさめて 六十ばかりの年を経にけり」
西行が毎春のように吉野を訪れ、詠んだ歌は自分の生涯を象徴している

桜を愛した西行は、その願いどうり、文治6年(1190)2月16日
陰暦の2月、満月の桜の盛りのころ静かにその生涯をとじた
「願わくは はなのしたにて春しなん その如月の望月のころ」

「吉野瀬」という言葉の響き大好きです。未来に向け、
吉野瀬川の桜並木が、多くの人達の心に残る花となり
越前市の大きなな宝としてなっていくことを願っています
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地元の方にお願いをしたいのは、
イベントがあるときだけでなく、花のシーズンは、
この堤防への車両の乗り入れを禁止できないでしょうか。
写真撮影、花見見物には少しのゆとりをいただきたいと思います



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2014年04月04日

越前市のさくら名所教えます@

暖かさに誘われ、市内のさくら見物にまわる
花、花、花を紹介します

越前市深草町 曹洞宗龍泉寺と忠霊塔
明治十年(1877)西南戦争以降(日清・日露戦争 満州事変・上海事変。
支那事変・太平洋戦争)に従軍して、戦病死された英霊を顕彰する塔
忠霊塔は、昭和16年に武生町が建立したもので、高さ約10・5m
正面には「忠霊塔」裏面には「陸軍大将松井石根謹書」と彫られてある
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忠霊塔後方の屋根に取りつけられている、
立派な龍泉寺の懸魚(けぎょ)、本多家の家紋「立葵」
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越前打刃物の元祖を祀る千代鶴神社
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浄土宗 大宝寺しだれ桜
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嘉永5年(1852)5月11日府中大火があり、家屋1437軒を焼失した。
この時、本堂、庫裡は全焼。火の勢いは地蔵堂も襲い、延焼しそうになったが、
不思議なことに、石地蔵は体から水を吹き出し、堂の一部は焼け焦げたが
火をくい止めた。
現在、新しく建てられたお堂の中には、当時のやけ焦げた、建物が残され
お地蔵さまは「水吹き地蔵」と呼ばれ、火の守り地蔵として信仰されている
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2014年04月03日

味真野校庭の桜・ライトアップ

明日からの天気は雨模様とのことで
味真野小学校のさくらを見に家族で訪れた

桜の精が、あたたかさで一斉に、晴れの舞台へ踊りだし
華やかなライトを浴びて輝いている、
身震いするほど、感動と元気を花の精は与えてくれ
その美しさは、人をひきつけてやまない

武士の世を捨て、僧絽、歌人として生きた西行法師は、
吉野のさくらを愛し、多くの歌を詠んでいる
その晩年には「ねがわくは、花の下にて春しなん、その如月のもちづきのころ」
と詠み、その死は、生前に詠んだ歌のように、花に魅せられた陰暦の2月16日であッた
その花の美しい短い生涯は、日本人のこころと深く結びあうものだろうか
日本人が一番愛する花である

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味真野小学校の桜(昼)の写真
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2014年04月01日

越前の里・味真野苑の水芭蕉

さくらの便りが聞かれ始めると、味真野では可憐な白い花を咲か
せた水芭蕉が見ごろを迎えている

だが、私達が純白の花と見ているのは、仏炎苞(ぶっえんほう)といい葉が変形したもので、
花は仏炎苞の中央にある、円柱状に無数に集まったものが花である
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水芭蕉の群生地は、
武衛山の北麓に広がる扇状地に造られた、越前の里・味真野苑の一角にあり、
武衛山から流れ込む谷水によってできた湿地帯に、人工的に造られたものである

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「夏が来れば思いだす遙かな尾瀬遠い空、水芭蕉の花が咲いてる」
夏の代名詞とされる尾瀬に比べ、低地にある水芭蕉は開花の時期は
早く、ここ味真野苑では、3月下旬から4月初旬にかけて見ごろを迎える
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この日、孫と訪れたのは夕方、人影はない
滑りやすいところにはムシロがひかれ、訪れる人たちを迎え入れてくれる
地元の人たちの心づかいを感じ嬉しく思った
猪が出てこないか、おそるおそる見て回った
カメラのシャツターを押しながら、「きれい」「きれい」を連発した
草花の開花で迎える春は、こころ踊る時である





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味真野小学校のさくら咲き始めました

味真野には見ごたえのあるさくらが多くある。
そのなかで、味真野の校庭の1本桜は、全国的にその名も知れわたり
県内を代表する、さくらの名所に数えられるまでになった。

ここ数日のあたたかい天候に恵まれ
蕾も大きく膨らみ、花が開花しました
今年も多くの人達が、この大木に引き寄せられ
心癒され、元気をいただくでしょう
そんな力を花々は持っています。どうぞ味真野にお越しください

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城福寺の桜!今年も見事な花を咲かせています

待ちにまった城福寺のしだれ桜が、満開を迎えました
味真野の地に残る、継体天皇と照日姫のロマンは
「花筐のさくら」と名づけられ、毎年見事な花を咲かせてくれる
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しだれた枝先に咲く淡いピンクの花は、風にふかれ右へ左へ優雅に揺れる
そのすがたは、可憐に舞う照日舞を連想させてくれる

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2014年03月29日

越前城福寺「花筐の桜」の見頃は2,3日後

春の訪れと共に、越前市で最初に咲く桜は、越前市五分市町、
城福寺の花筐(はながたみ)のしだれ桜

継体天皇とゆかりの深い、越の入り口、味真野は、
若き日の継体(けいたい)天皇の伝承が残されている
室町時代に世阿禰(ぜあみ)によって書かれた謡曲「花筺(はながたみ)」は、
継体天皇と照日前(てるひのまえ)の美しいロマンが、味真野を舞台に描かれている。
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この歴史的舞台から名づけられた「花筐の桜」は、長く垂れさがる枝先に
蝶が舞うように花を咲かせ、可憐な照日前を連想させてくれる

ソメイヨシノより、一足早く咲き、花の頃は3月下旬から4月初旬まで
お花見シーズンを迎える頃には散ってしまい、花の見ごろを見過してしまいがちです
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          平成26年3月28日現在
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今年の冬は暖冬で、雪のない冬を過ごし、春をむかえた桜の樹は
開花も早いのではないかと、城福寺を訪れた
3月28日現在、花は7分咲き、気温が上がれば、あと2,3日で満開になる
だろう、今度の日曜日が花の見ごろと思われる


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2014年02月12日

一味違います「味真野小学校校庭桜の樹」

今年の冬は積雪予報に反し、雪は少なく
今年初めて、除雪車が出動、寒い一日となった。
味真野スポーツ少年団に属している、外孫を
小学校に隣接する体育館へ迎えにいく。

小学校校庭の真ん中で、毎年春には、こぼれるばかりのピンク色の
見事な花を咲かせてくれる、樹齢140年のエドヒガン桜が
真白な雪に覆われ、自然の厳しい環境の中で、
春同様に、見る人の心を引きつけてやまない。
多くの支柱に支えられ じっと春の訪れを待っている。

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明治38年(1905)に清雅小学校(味真野小学校の前身校)の校庭に植えられて
いたもので、昭和4年の学校統合によって、現在地味真野小学校に移植された。

昭和53年、北校舎改装、新校舎竣工に伴い、南校舎を取り壊したため、校庭が広くなり
桜の樹は、そのまま残したため、校庭の中央に位置するようになった、
グラウンドと校舎が反対になったということです

当時の第25代校長〇〇先生の勇気ある決断によって、現在の桜が残されたことを知り
教育熱心な先生のお人柄が、この桜と共に生き残されていることを大変うれしく思う、

現在、幹、目通約3・5m 高さ15m 枝張り東西15m 大きく成長した桜は
これからも、多くの人たちのこころに残り、人生を彩ってくれるでしょう

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毎年、見事な花を咲かせてくれる。その陰には、地区住民の桜を愛する心と努力がある。
この校庭の一本桜が、いつの日か、国の天然記念物に指定される事を願いたい。


こぼれるばかりの満開の見事さに感嘆し、
その短い花の命を惜しむ気持ちは、日本人の国民的心情に合うものがあるのだろう。
多くの人たちが訪れ、春を謳歌する、そんな訪れが近づいている。
市文化財に指定され、桜の名所として、年々見物客は増えている。

例年開花は4月上旬 ぜひお越しください。
味真野は見どころ満杯です。


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3月7日、名残雪が美しく舞っています。もうそこまで春の足音が聞こえて
来ました。味真野小学校校庭の桜は、四季折々にその美しいすがたを見せてくれます


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2014年01月16日

地元の良さを再確認「絵になる越前 わがまちを描く」

武生公会堂記念館で開かれている「絵になる越前 わがまちを描く」を
絵を描く事が大好きな、孫を連れて見にいった。
会場には、ふるさとを懐かしむ、中高年の御夫婦が目立つ
今回の展示では、放浪の天才画家で知られる、山下清の描いた
襖絵が初公開されている。
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また、地元、地元出身の画家たちによる、普段見慣れたふるさとの風景が描かれている
特に、紫式部、松尾芭蕉などに詠まれ、越前市の象徴とされ、その秀麗なすがたから
越前富士と言われる日野山を描いた作品が目を引く。
元気をいただき、明日に向かいがんばろう、雄大なふるさとの山には
神々が大きな手を広げ、包みこみ守ってくれるあたたかさがある。

今回の展示者、松山幾三郎画伯の筆による、大きな壁画「府中の里」が
深草町龍泉寺本堂に描かれている。
本堂内を街に見立て、周辺の山々が街を囲むように描かれている
お寺に、こんな絵をどうしてと、最初は驚いたが、
斬新な発想に、違和感はない。日本人の心のふるさとを思う気持ちが伝わってくる。

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         「村国山」
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         「日野山」
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         「西に連なる山々」
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石川啄木がふるさとの山「岩手山」を詠んだ「ふるさとの山に向かいていうことなし 
ふるさとの山はありがたきかな」
各地方には、だれの心にも存在感をもって迎えてくれる風景がある。






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2013年11月28日

雪の準備はお早めに、日野川にカモが飛来

車の所有者はこの時期、天気に敏感になる。
3度、日野山に雪が積もると、寝雪になると言われているが、
まだ1度も日野山に、雪は積もっていない。
しかし、今年はスノ―タイヤの入替の時期が、早くなっている
近年各地で起きている、災害は大きな被害を出している。
いっどこで何が起きるかわからない。防災意識が高まっている。

かまきりが高い所に産卵していると大雪とか、モズが
捕えた獲物(はやにえ)の位置が高いと大雪とか、
今期の積雪を占う長期予報は、気温低めで積雪多いとのこと
この予報ははずれてほしいのですが、どうなることでしょう?

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日野川に鴨の群れが、飛来しています。下流に橋がかかり
危険を感じた鴨たちが、安全な日野川万代橋から豊橋の間に羽を休めている。
近年になく、多くの鴨たちがスイスイと泳いで穏やかな風景です。

でも、このかわいい野鳥が鳥インフルエンザを運んでくる
鳥インフルエンザが猛威をふるう、そんな危険もはらんでいる。
今は、陰をひそめ感染の情報は伝わってこないが、不気味な世の中です。

posted by 和姫 at 01:23| Comment(1) | 自然 風景 写真

2013年11月15日

越前市の紅葉の穴場に感動

紅葉が盛りを迎えた。越前市に穴場的、紅葉の美しい場所がある
皆さんご存じですか?
水面に紅葉が映る、とても神秘的な場所です。でもピンと
こないでしょ。
昔は紅葉の名所として、多くの人たちが訪れた場所も、今はさびれ、
辺りに人影はない。本日2時、毎年紅葉の時期訪れる、芦山公園、夫婦池を
訪れた。

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丁度、この時間帯、周りの木々や池を太陽が照らす。
「見えました」山々の木々が赤、黄、緑と水面に映っているのを、、
その景色は大野市刈込池に映る、紅葉のように、素晴らしい。

静けさの中でたたずんでいると、
なぜか『平家物語』壇ノ浦の戦いに敗れた、平家一門が、
身を海に沈めていく最後のシーンが浮かんできた。
幼い安徳天皇は、二位尼祖母時子に抱き上げられると
「尼ぜ、わたしをどこへ連れていくのじゃ」との問いに、
尼ぜは「海の底にも、美しい都がございます」と波間に消える、
あの壮絶な最後のシーンである。

この水面を見ていると、この水の底にも本当に、美しい都が、
竜宮城があるような 錯覚を覚える。
そんな神秘性をこの池はもっている。

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      「水面に映る紅葉」
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村国山にある芦山公園は、大正十一年、実業家山本甚右衛門の寄付により
造られたもので、公園の中央には、大、小の池を二段に配し、
周囲ににはさくら、もみじが植えられ、四季それぞれに
美しい雰囲気を漂わせている。
昭和13年武生市を訪れた、野口雨情は「武生歌謡」のなかで
「芦山公園、春なら桜、秋は紅葉の色のよさ」と詠い、また昭和24年武生市は
「武生名勝十景」の一つとして、「芦山公園と日野の清流」を選んでいる。

こんなにきれいな、紅葉狩りのできる場所が、越前市にある。
これからの時代、新しいいものを造るのではなく、既存のものを大切にして、
それに手を加え、活用していってほしいと願う。

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2013年11月14日

知っていますか、越前市できれいな雲海が見える場所

今年、最低気温となった今朝、一面に霧がかかりる。今日の天候予報は晴天。
この時期発生する霧は、日野山の方向南側から、村国山北側、鯖江市方面へ
気流に乗り集まり、雲海のように帯をなす。
これは気温、地理的なことが関係しているのか、この時期にしか現れない現象である。

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   「霧が北の方向へ流れていくのが分かる」 我が家の前、村国山南側

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村国山の夫婦池から市の上水場の横、舗装された道路を車で走ること5分、
山頂展望台に到着、ここからは国高、鯖江方面がよく見える。
午前8時15分現場到着、高い山に登った時、見える雲海が眼前に広がり
遠く、雪をかぶった白山がはっきりと美しく見える。
「素晴らしい」その一言に尽きる。越前市にこんな所があったのかと
感動疑いなし! ぜひ、お薦めします。、越前市の美しい風景です。

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         「積雪の山は白山」

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        「霧の下に町が見える」越前市国高方面、鯖江市方面
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