2015年11月10日

勝載山永厳寺 晋山結制式


越前市を出るころ降っていた雨も、トンネルを抜け敦賀に近づく頃には
雨も小ぶりになっていた、木の芽峠をさかいに
嶺北と嶺南の天気は違っている。
この分なら稚児行列の出る時間には雨も止みそうだ。
敦賀市 永厳寺の新しく住職となられる、方丈さまの晋山結制式に
出席するため、稚児行列出立する7時半に現地到着
よかった雨は止んでいました
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晋山式、大本山永平寺御専使による任命授与、お祝いの言葉と続く
その後、首座法戦式、この式では、仏法を説くことを許された首座が
住職に代わり、大衆の前で問答するもので、堂内あちこち
からの僧の問いかけに、迫力ある声が響き渡り、首座の力量が試されました
厳粛な中にも、華やかな力強さを感じ、参列者の私たちも感動一杯でした
寺を後世に残し、人を導くことの重責を担う 
新命方丈さまの門出にふさわしい式典でした
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お礼のご挨拶をされる新命方丈さま
着用されている糞掃衣は、私たちが縫わせていただいたものです
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2015年05月17日

新緑の中、味真野苑での茶摘み、茶揉み体賢・おいしいお茶いただきました

味真野小学校へ通う外孫はこの時期、学校の授業の一環として
茶摘みをしておいしいお茶飲むという話をよくしていた

日頃羨ましく話を聞いていただけで
一度も茶摘みをしたことのない私は、味真野の新聞で
募集を知り応募、茶摘み、茶揉み体験、お茶のおいしい入れ方講座へ
味真野苑、谷口邸前にある茶畑にいってきました

「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る」童謡・茶摘み、
立春から数えて八十八日目、この頃が茶摘みに一番適しているという
味真野苑は、まばゆいばかりの新緑が溢れています。今日は快晴 茶摘みには最高です
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新芽3枚目で摘み、籠一杯になりました
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次は、谷口邸内で蒸した茶葉を、手揉み
下から炭火で暖められた、手揉用の鉄板の上に和紙をひき 約2時間
下の手に茶葉を乗せ、上の手でローラーに巻いていき
揉む、じょじょに乾燥され、きれいな緑色の煎茶のでき上がりです
この作業に合わせ、茶揉み歌がうたわれ、茶揉みと合間って
当時の茶揉みの風景が見える様で、雰囲気は最高です。
実行委員皆さまのお茶にかける心意気が伝わってきます
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でき上がった煎茶です。70°Cの温度で1番茶 90°Cで2番茶、
味物野のお菓子も添えられおいしくいただきました

味真野には江戸時代から昭和の初期にかけて、茶の生産が栄え
茶文化が栄えていたという。この茶文化を掘り起こし、町の発展に
つなげている。味真野の人たちの連携の強さ、やる気 地区を愛する
こころ、見習うところは多い。
市内にいながら、味真野茶を知らない人も多い、
うちの会社で、お客さまに「これ味真野茶です」とお出ししよう
きっと話題が広がりますね、私も味真野を愛している一人です


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2015年05月06日

海釣りに初挑戦 越前海岸鷹巣漁港

ネットで、越前海岸海づりの穴場、鷹巣漁港がトップにでてくる
魚釣り大好きな孫と餌を買い、武生を出発 
カーナビを頼りに車を走らせ現地へ着いたのは昼前、
すでに防波堤には、子連れ、男女のカップル、男友達同士
老若男女を問わずのんびり釣りを楽しんでいる人、ひと
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でもこの漁港の魚たち、餌になれ過ぎ食いついてくれません
釣れたのは、10cmにも満たない、小さなふぐ1匹
孫の針にかかるのだから、よほど間抜けな魚かもね、
海に再び戻してやりましたが、うまく生き延びておくれ
二度と人さまに釣られない様にネ
今日はこれで満足、満足。近くの人に餌のつけ方も習い、
次回来るときにはもっと上達しているかもネ
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この日は天晃も良く、景色も最高、越前海岸の風景を堪能できました
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2015年05月02日

愛とロマン溢れる 味真野万葉の里 

文正年間、越前の守護斯波義敏公が築いたと伝えられる城跡が残る、
武衛山北側山麓の広大な扇状地に造られている

腰の入口味真野は、若き日の継体天皇の伝承が残る土地
室町時代に世阿弥によって書かれた謡曲「花筐」は、
継体天皇と照日の前のロマンがここ味真野を舞台に描かれている
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天平時代、聖武天皇の女官狭野茅上娘子に恋した罪で、流罪となった
武官中臣宅守との悲恋の舞台もここ味真野の地であった
六十三首におよぶ相聞歌は、この山野を舞台に取り交わされている
二人の歌碑はお互いを思いあうように建つている

娘子は、平城京より越前国へ宅守を送り出している、
「君が行く 道の名が手を 繰り畳ね  焼きほろぼさむ 天のひもがも」               
あなたが越前へ流されてゆく、その長い道を幾重にも折りたたみ、一瞬のうちに焼き滅ぼす天上の火があれば、あなたは越前に流されずに済むものを、悲しくも情熱的に自分の胸のうちを詠んでいる

娘子(おとめ)は寂しく奈良で、宅守を待っていた。娘子の詠んだ歌のなかにただ一首
味真野という地名を呼んだ歌が残されている。
「味真野に 宿れる君が 帰りこむ時の迎へを いつとか待たむ」
味真野にいるあなたが、帰るのはいつのことでしょうか。
女性の思いが強かったのか、娘子は四十首の歌を詠んでいる
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また宅守は都で待つ娘子に、二十三首の歌を届けている。
「塵(ちり)泥(ひぢ)の 数にもあらぬ われ故に思いわぶらむ 妹が愛しさ」
「吾娘子に 恋うる我は たまきはる短き命も 惜しけくもなし」
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天平十二年六月、大赦の勅命が下り、流人は都へ帰ることがゆるされたが、
その中に宅守の姿はなかった。その後の二人の恋の行方はわからない、しかし二人の相手を思慕する美しいこころは、相聞歌の秀歌として永遠に万葉集を代表する歌となって生きている。

この人跡末踏の深山、、流罪地味真野には、宅守のように身分の高い中央官人や貴族が多く流され
薫り高い文化が育っていった。
この地域には早くから政治 経済 文化が花開き、朝廷や皇族との関係もあり
、越前国の要所として栄えた所と考えられる。

万葉の歴史とロマンあふれる園内には、万葉集に詠まれている
花木が多く植えられ この季節新緑が美しい頃、
園内をゆっくり散策して、古代に夢はせてください
また、越前市では毎年「あなたを思う恋の歌」を募集しています
ぜひあなたの思いを投稿してください

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2014年12月22日

今も昔も人々の信仰を集める 帆山寺観音さま

18日は観音さまの縁日です。
越前市でただ一ヶ寺、今もご詠歌が唱えられている寺がある
北陸33番観音霊場の8番札所
「おくれじな、ぐぜいの船に 帆山寺御法の風にまかせて、南無観世音」
越前市の古刹で、その歴史は古く、町の中央に位置し
多く人たちの信仰を集めている
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帆山寺は越前市で誕生された、曹洞宗総持寺開祖 瑩山禅師の
慈母懐鑑大姉が毎日33巻の観音経を唱え、333拝の行を自分に課せ
胎内の子の安からん事を願い参拝して、37歳の高齢で無事出産された
祈願寺として有名です
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その祈願寺は、現在、村国山中腹に残されている
帆山寺、奥の院・多禰の観音堂です
創建当時、峯には松柏が青々と茂り、麓には洪々として
深淵がひろがり、浄土を思わせる霊地であったという
この淵底に数千年来住む大龍が、帆山寺の守護神といわれた。
この場所は、現在も龍ヶ淵(たつがふち)とよばれている

観音谷に当時をしのぶ石段が残され、
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参道脇には、織田信長の戦火で散乱した、石塔を集めた
石材は異なるが、五輪塔1基が残されている。銘はない
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天正19年(1591)に、帆山寺の遥拝所であった、越前市住吉町に
武生の領主 木村常陸介が社寺を寄進し帆山町から移ったと伝えられている
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2014年11月29日

福井県の歴史教えます『ふるさと越前の歴史発掘』

福井語り部の会、ボランテアガイドのベテラン案内人の
友人から、新田塚郷土研究会発行の『ふるさと越前の歴史発掘』が
送られてきた。
発行は、早いペースで3冊目となる
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新田塚町は、暦応元年(1336)『太平記』19巻
「新田義貞越前の府の城を落とすこと」に記された日野川の戦いで、
北朝方の武将斯波高経に大勝利した、南朝方新田義貞の戦死の地

日野川の戦いは、南朝方義貞の大勝利となり、しばし越前府中で
兵を休め、陣を整え、やがて北に向かって進撃した

しかし、同年7月藤島城(福井)を偵察のため、
わずか50騎の兵を率いてで陣をでた新田義貞は、
灯明寺畷で不意を打たれ戦死した

万治3年(1660)福井藩主松平光通公は、義貞の兜が発見された
場所に「新田義貞戦死の所」の石碑を建立、それ以来この地を新田塚と
呼ぶようになった。

新田塚郷土歴史会の熱心な取組は、日頃友人から聞いている
今回も、福井県に関係した、歴史上の人物を取り上げ
各自が、さまざまなジャンルで書いている
歴史はおもしろい、一つの事柄からつぎから次ぎへと
繋がりをもち底が深い

歴史を勉強することは、体にも頭にも、最良の薬とおもう




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2014年11月12日

在り来たりではありません?越前市芦山公園夫婦池の紅葉

紅葉は里へ降りてきました.周りの山々は
赤、黄など競うように、色さまざまな衣装に衣替えして
迎える冬に向い、ゆく秋を惜しんでいます。

昨年、見つけた越前市の、神秘的で幻想的な、
紅葉の名所、村国山芦山公園夫婦池へ、晴天を見計らい、行ってきました。
登山道から池まで車で約1分、午後二時、人影はなく、寂しく
北西側の谷間を利用して人口的に造られている。
池の周りのもみじは色鮮やかで、水面に映る木々は美しく、神秘的な
絵画の世界が広がっています
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芦山公園 紅葉


 この公園は、大正13年に蚊帳製造業で産を成した、
山本甚ェ門が、公園用地として市に寄付したもので、
日本近代公園設計の第一人者、林学博士 本多静六の設計によるものです。
博士は、日本初の造林学、造園学の基礎を築くと共に、自然と調和した
全国各地の名園造園設計に深く関わり「日本造園の父」と言われています。

 小さな地方都市で、本多静六氏の設計した作品が残されている事は、
大きな資産であり、観光資源です。
 市では町づくりの一環として、国府探しのための、発掘や国府サミット、
講演会など行われていますが、町づくりを国府だけに依存せず
 もっと身近にある、隠れたお宝を見直し、越前の良さをアピールして
越前ものがたりの1へ―ジに加えたいですね。








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2014年11月09日

雪吊り

11月に入ると、造園屋さんは忙しくなる
冬の風物詩、街路樹の木々の雪吊りがはじまる
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越前市役所前道路は早くも冬の準備です
この木、市役所前で1番大きく
何本ものわらが放射線状に張られる、その光景は美しく
雪国ならでしか見られない。
越前市では、これからの季節、クリスマス、正月に向けて
雪から街路樹を守るだけでなく、LEDイルミネーションが
白色、青色、MIXと輝き町を彩ってくれる。
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糞掃衣との出会いは、人生を変える力をもっている

一雨一雨、寒くなってきました、お変わりありませんか

月2回、龍泉寺庫裡で行われている、「龍泉寺お袈裟を縫う会」に
行ってきました。
お袈裟を縫う会は結成10年。1年に1枚のペースで縫っています。

今回縫っているのは、15条糞掃衣で、いらなくなって捨てられる
人のほしがらない、きれいなところをよく洗い、大小、長短に切られ
ほころびたところに、山や川をつけて、縫い合わせていきます
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15条の袈裟は、開山忌や涅槃会など、寺の重要な法要に付け
普段は、黄土色の7条、9条の袈裟をつける様です

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曹洞宗道元禅師は、若き日、留学した宋国景徳寺の僧堂で
修行僧が坐禅を始める前に、深々と合掌して
頭上に袈裟をのせて偈文(すべての執着を離れた袈裟、それは
如来の教えをいただき、諸々の衆生を救済せん)を唱え、
袈裟を付ける姿に驚き、袈裟の正しい教えに巡り会え喜びに
普段感情を表さない禅師が、喜びの涙を流したといいます。

今日は、2枚目の糞掃衣に挑戦している、敦賀市から4人が
みえました。
糞掃衣は、立派だ、きれいに仕上がったと、美を追求するより
縫い方の上手下手をとわず、1針1針こころをこめて
ていねいに縫っていく。これが本当のお袈裟です
どうぞ皆様も挑戦してみてはいかがですか。
私のブログに以前、男性の方のコメントで
無心に一生懸命縫っていたら、長年のうつ病が直りましたと
ありました。そうですね、無心になれたことが一番の薬だっ
たのでしょう。
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敦賀の人の二枚目です。11月20日の開山忌には、付けて頂きたいと
がんばっています。
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posted by 和姫 at 21:25| Comment(0) | 歴女日記

2014年05月05日

コウノトリの舞う、越前市を夢見て

生き物と共生できる豊な環境を目指し、コウノトリが舞う里山里地づくり
構想が始められたのは、3年前の平成11年6月。
生物の自然再生と位置づけ、本市にゆかりの深い
コウノトリふっくんとさっちゃんが、
白山地区中野町に、二十四時間体制の監視カメラに守られ、
飼育されている。昨年につづき、今年も5月19日、2ヶの産卵が確認された。
昨年生んだ卵はすべて無精卵だったが、飼育から3年目の今年
雛が誕生するか期待が寄せられている。

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     川を挟んで右側の堤防は、徒歩でのコウノトリ見学が許可されている
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     飼育ゲ―ジに面した堤防は全面通行止め、約200m先に飼育ゲージがある
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     田んぼの真ん中に飼育ゲージが造られ、コウノトリを肉眼ではっきり見ることはできない
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     平成26年4月6日撮影  産卵前で見学者は誰もいない
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今年に入り、コウノトリの飛来は嶺南、嶺北で、その美しいすがた
が目撃されている。
生物を取り巻く環境は、厳しい時代へ来ているが、
コウノトリが田んぼで餌をついばむ姿は、
福井県の自然環境が、侵かされていないことを示している。、
これからも自然を大切に、人間と生物が共生できる、豊かな環境づくりを目指し
この事業が、良い成果が出ることを期待している

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我が家にも、コウノトリが3羽飛来してきました
友人が作った、竹に飛んできたコウノトリの羽先は、
細かい竹が並べられ、黒く塗られて
コウノトリの特徴をよく表している
「幸せを運ぶコウノトリ」と象徴されている
コウノトリは、私たち夫婦にも幸せを運んでくれました。
現在、男ばかり7人の孫たちのなかに
初春、8年ぶりに、8番目にして、待望の女の孫が誕生しました。
目の大きい、主人の小さい頃にそっくりで、
かわいくて、かわいくてメロメロです
小さな命の誕生は、大きな喜びと共に、元気を与えてくれています




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2013年11月20日

素敵な誕生日プレゼント

小学1年生の、外孫がかわいい手づくりのサンタさんの置物をもって来てくれた。
すべて廃品を利用している。台座はかまぼこの板、光るリングは家にあったもの
一生懸命作ってくれた孫の気持ちがとっても嬉しい。
机の上に飾って置くからね、ありがとう。今日はばばの誕生日です。
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早いもので年金をもらう年になっています
でも現役ですよ。毎日充実した日々を過ごしています。
我が家は3世帯同居、仕事も一諸の7人家族、5年生を頭に孫男3人との
生活は、お母さんの「はやく、はやく」に始まり、「はやく はやく」で
アッと言う間に、1日がすんでいく。
そんなに言わなくても、よいのにと思うが、自分が子育てして
いた頃も同じようで、舅が「怒らなくてもいいのに」と、
言っていた言葉を思い出す。
今、舅と同じ立場にいて思うのはやはり同じ気持ちです。

当時、NHKラジオ教育相談 平井先生の子育、
口や手をださす、こころと目で見守ることの大切さ、
自主性と思いやりを育てることの大切さを、
来る日も、来る日もラジオに聴きいった。
迷っていた子育てはこれだと思った。
親も子も共に成長していくことの、大切さを知った。

今は、同居していることが、珍しい時代になった。
よく一緒に居れるネと言われるが、嫁が利口なんです、
年寄を嫌がらないのですから。
1人静かな、おだやかな時間をほしいと思う時もあるが、
やはり孫との生活は、孫から元気をたくさんもらっている。
家族と共に、喜怒哀楽を分かち合える、それが一番の幸せと思う。



posted by 和姫 at 00:00| Comment(0) | 歴女日記

2013年11月07日

kiroi 黄色い財布で幸せいっぱい

今まで使用してきた、1000円財布をアップ
赤色と茶色、黄土色、三色が店頭に並んでいた
DAKOTAのお金の貯まる色、黄色い財布にきめた。

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タグには、法律で禁じられている、化学物質を一切使用せず
植物性タンニンのみにより縫された革である。
何世紀たった今日においても、トスカーナ中心で縫し、職人たちは
昔ながらの職人気質をかたくなに守りながら、伝統と技術革新の
両立を掲げて作業しているとある。保証書です。

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以前、この時期、購入する財布は、秋財布と嫌われ、お金が貯まらない
と言われたが、今は、お金の貯まる、みのりの秋財布といわれ販売され、、
商業ベースに載せられた感がする。
この財布は、嫁さんと一諸に行って、これがいいよと決めてくれたもの
  私のこころは占いよりも、こころをこめて選んでくれた、
嫁さんの気持ちが一番うれしい。これこそお金に代えられない
みのり豊かな収穫です。
posted by 和姫 at 22:02| Comment(0) | 歴女日記