2015年11月10日

勝載山永厳寺 晋山結制式


越前市を出るころ降っていた雨も、トンネルを抜け敦賀に近づく頃には
雨も小ぶりになっていた、木の芽峠をさかいに
嶺北と嶺南の天気は違っている。
この分なら稚児行列の出る時間には雨も止みそうだ。
敦賀市 永厳寺の新しく住職となられる、方丈さまの晋山結制式に
出席するため、稚児行列出立する7時半に現地到着
よかった雨は止んでいました
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晋山式、大本山永平寺御専使による任命授与、お祝いの言葉と続く
その後、首座法戦式、この式では、仏法を説くことを許された首座が
住職に代わり、大衆の前で問答するもので、堂内あちこち
からの僧の問いかけに、迫力ある声が響き渡り、首座の力量が試されました
厳粛な中にも、華やかな力強さを感じ、参列者の私たちも感動一杯でした
寺を後世に残し、人を導くことの重責を担う 
新命方丈さまの門出にふさわしい式典でした
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お礼のご挨拶をされる新命方丈さま
着用されている糞掃衣は、私たちが縫わせていただいたものです
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posted by 和姫 at 00:39| Comment(0) | 歴女日記

2015年11月01日

越前万歳「お早良作」の供養塔の謎が解けました

越前万歳題目「お早と良作」の供養塔のある
坂井市長畑へ行ってきました
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実話、今から約200年前の文化5年、加賀大聖寺藩の武士と町人の娘の
悲恋物語。この地で命を散った二人の心情を憐れみ、
旧北陸道に面した一角に、文久元年(1868)地蔵堂が建立され
道を挟みお堂の向い側には、地蔵堂より約30年前、天保12年(1841)辛丑年3月
勿谷石の供養塔が建立されている。柔らかい勿谷石のこと基礎部分が
ひび割れし、正面の文字もうすくなりつつある。
歴史的資産は、屋根などつけて保存をお願いしたいです
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この供養塔の「南無阿弥陀佛」特徴のある丸みを帯びた文字と花押から
念仏行者、浄土宗の無智光導と認められる
側面右側には、善導大師の教えか、光導自身が詠んだものか
「志ゝてのち わがみに そゆるたからにハ なむ阿みだぶに 志くものハなし」の
文字が刻まれている
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この地にきて、地蔵堂、供養塔が今も、近隣の人達に守られ、
道行く人たちの安全を守っている。2人は幸せにいてくれるね
そんなあたたかさが感じとれた

この地に、光導行者がなぜ供養塔を建立したのか、その謎が解けました
次回の投稿をお楽しみに
posted by 和姫 at 23:53| Comment(0) | 史蹟・神社 仏閣