2014年01月16日

地元の良さを再確認「絵になる越前 わがまちを描く」

武生公会堂記念館で開かれている「絵になる越前 わがまちを描く」を
絵を描く事が大好きな、孫を連れて見にいった。
会場には、ふるさとを懐かしむ、中高年の御夫婦が目立つ
今回の展示では、放浪の天才画家で知られる、山下清の描いた
襖絵が初公開されている。
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また、地元、地元出身の画家たちによる、普段見慣れたふるさとの風景が描かれている
特に、紫式部、松尾芭蕉などに詠まれ、越前市の象徴とされ、その秀麗なすがたから
越前富士と言われる日野山を描いた作品が目を引く。
元気をいただき、明日に向かいがんばろう、雄大なふるさとの山には
神々が大きな手を広げ、包みこみ守ってくれるあたたかさがある。

今回の展示者、松山幾三郎画伯の筆による、大きな壁画「府中の里」が
深草町龍泉寺本堂に描かれている。
本堂内を街に見立て、周辺の山々が街を囲むように描かれている
お寺に、こんな絵をどうしてと、最初は驚いたが、
斬新な発想に、違和感はない。日本人の心のふるさとを思う気持ちが伝わってくる。

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         「村国山」
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         「日野山」
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         「西に連なる山々」
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石川啄木がふるさとの山「岩手山」を詠んだ「ふるさとの山に向かいていうことなし 
ふるさとの山はありがたきかな」
各地方には、だれの心にも存在感をもって迎えてくれる風景がある。






posted by 和姫 at 00:00| Comment(0) | 自然 風景 写真

2014年01月04日

龍泉寺の大長持、お宝発見かも?

瑩山禅師によって開かれた総持寺は、2世峨山禅師によって
その教えは広く全国へ伝播していき、
その門下からは「5哲」「25哲」という
俊僧が育ち、曹洞宗は大きく発展していった。

その「5哲」のなかで最も活躍されたのが、
越前龍泉寺の開祖通幻寂霊禅師である。

毎年恒例の年賀会に龍泉寺を訪れる
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玄関入口に以前から置いてある「車付き長持」について
昨年夏、仏教関係の大学生を案内した。

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関心をもったのが、タンスについている金具である
資料によると越前箪笥は、江戸時代後期に指物職人によって作られ、
鉄製金具や漆で装飾されている。

長持に墨書きがある

 右側面
   上市町 鍛冶屋 三平 □ □ 作也

 前面 右側より
   太平山 龍泉禅寺  什

   大長持      遠州 □ □

   越州    足出

   十世 大 □ 雲 □ 和尚

大長持は大平山 龍泉禅寺の什物で、遠州から越前龍泉寺に晋住した、
輪番住職259世、静岡県正法寺十世・大雄雲堂和尚の時のもので、
金具は越前打刃物の町、上市町の鍛冶職人によって制作されたもので
越前の特徴的な、ハート形の金具が付いている。
三国箪笥など他の製品と比べる時、取付金具によって産地が決まる大切なものだ。

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越前箪笥は江戸時代後期より創られてきたといわれているが、もし
この車大長持が、大雄雲堂和尚、輪住制の時代に越前で制作されたものであれば
江戸中期、亨保2年(1717)龍泉寺は323世をもって輪住制は廃止していることから
越前箪笥の歴史を変える事に、なるのではないだろうか?

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posted by 和姫 at 01:37| Comment(2) | 伝統工芸品

2014年01月02日

越前万歳で新春を満喫

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、味真野神社拝殿には、奉納される 越前万歳、演目お家万歳1番を
見物する参拝客で満席、人の間を縫ってやっと1枚写真が撮れた。

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 味真野小学校で万歳クラブで練習してきた、孫が出演するということで
初舞が披露される、味真野商工会館へ移動した。
越前万歳といえば、正月元旦に新年を寿ぎ、リズミカルな太鼓と鮮やかな
グリーン色の衣装を着けて、優雅に舞うことしか知らない。
楽しみにして、今日は上演される会場を訪れた。

会場は、満席とはいかないが、報道関係のカメラ、愛好家のビデオカメラが目立つ。

1番の演目はお家万歳 師匠から奥義を伝授された万歳で、演目の一番最初に演じられる。
「徳若に御万歳と〜やかた栄えて申せん申せば、天から宝が降りくだりや〜」
新春を寿ぎ舞われ、お家の繁盛と発展を祈るめでたい万歳で、演ずる人たちの
意気がピタリと合っている。

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2番・演目「七福神」味真野小学校児童

新年を迎えて七福神が宝舟に乗ってやってきて、宴会を開き踊りだすという話、 
全員で、扇を持つ太夫と、太鼓を鳴らす才蔵が掛声をかけて舞う。
「飲めや大黒、歌えや恵比寿、踊って踊って弁天さん、魚は恵比寿さんの
大鯛で、小鯛おめでたい、言葉のはなもさくら鯛」孫は大きな声で
ちゃんと、直経約23cm、厚さ約9cm、
エゴの木で作った弓形のバチで、スリ太鼓を叩き、
上手に演目を上演してくれました。

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準備はいいですか「よこいすか〜」、準備はいいよ「よこいしょ」の掛声で舞台へ登場
演目3番 三番叟  中学生と高校生が演じてくれた。

才蔵は2箇の太鼓を下に置き、座って2本のバチではやしたてる。
太夫は色彩鮮やかな「チョウチヨウナギナタ帽子」に五色のハチマキを結び
後ろへ長く垂らして、勇壮に地面を強く踏み動きまわり、今年の五穀豊作を祈る。

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4番・演目 「ことぶき」  上方漫才の原型となっている。
 別名「御寿命の万歳」「竹馬の万歳」といわれ、太鼓を用いず、太夫と才蔵が
独特の節回しで、かけあいながら舞う「鶴は千年、亀は万年、会場の皆々様は8千年」

 才蔵は大きな「チョウチョウナギナタ帽子」をかぶり、赤いたすきに扇を
もって舞う。途中から5色の布をつけたシテを持ち舞う、これは竹馬遊びや、
越前万歳の起源である、継体天皇の愛馬の病気祈祷に使用された
御幣ともいわれている。

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5番・演目 「おはや良作」
江戸時代の大事件、金沢藩の御用商人若旦那良作とその家の下女おはやは
悲恋の逃避行の末に、坂井市長畑町で命を絶った。
金沢から北陸道を通り、福井までの地名をよんでいる。町尽くし。
聞き覚えのある地名が多く出てくる。

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6番・演目 「越前市名所尽くし」
味真野を出発して、越前市街地から吉野、大虫、王子保地区へ
今立紙すき産地で、ご案内の終点です。
台本はできたのですが、完全に覚えていないのでという才蔵さんの、
現場の写真を見せての、とちりながらのかけあいですが、ユ―モアがあり
会場を沸かせてくれた。
こうして新しい演目ができてくるのですね。来年に乞ご期待ということです。

7番・演目 「七福神」小学生が演じた演目を、中学生。高校生が演じる。

8番・演目「鳥刺し」
 侍鳥帽子をかぶった太夫は2枚重ねた着物の1枚を両肩脱いで
腰のまわりに下げて「ひとつ、ヒヨドリ」から「十でトンビ」まで
それぞれの鳥のしぐさやさえずりをまねて、鳥刺し棒1本を操り動き回る。

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越前万歳は江戸時代に入ると、福井の各藩はもとより、加賀藩まで出向き、お城で舞いを
奉納すると、城下町の1軒1軒をまわり新春を寿いで回った。特に加賀では前田家に保護され
万歳師の宿泊する宿には、加賀家の家紋「剣梅鉢」がついた堤灯が立てられていた。
この様に、各地の町々で、新春の祝福芸として歓迎され、また北陸地方の娯楽として
子供から大人まで親しまれてきた万歳も、昭和の時代に入り、娯楽の変化と共に衰退していった。

昭和39年に味真野万歳保存会が結成され、郷土を誇る民族芸能として、
地元小中学校に万歳クラブができるなど、積極的に後継者育成に取り組み
平成7年12月には、国の重要無形民族文化財の指定を受けた。
地元だから携え、貴重な体験を舞台で経験している子供達、どの子たちも堂々と越前万歳を演じて
いる。この子たちが次の時代を担う、太夫と才蔵に育ち、越前市の新春を寿いでいってほしいと
願っている。

また、万歳が全国で今に伝えられているのは、江戸時代、三河出身の徳川家に保護された、
愛知県の「三河万歳」「尾張万歳」、そして越前市味真野に残る「越前万歳」3件となっている。











タグ:越前万歳
posted by 和姫 at 07:43| Comment(0) | 伝統行事